反面教師の活用法(正解編)

ライフハッカー[日本版]の記事、>「反面教師」から、正しく学びを得る方法とは
および、そこで引用されている元記事、
ITmedia Biz.IDの>あなたは反面教師に学べるか!? 嫌いな人から学ぶ方法
によれば、反面教師を教師役にするには、反面のままではいけないとのこと。

これはわかる気がします。アレを考えちゃいけない考えちゃいけない・・・と思えば思うほどアレが頭から離れなくなって頭の中がアレだらけになってしまうというのの変形ですよね。
なるほどー。
最初に反面教師の反転=正しい教師像を描いて置いて、それを教師にするべきなんですね。
とすると自分で反省する時も、ヤッチマッタ!ことの反対例=成功した仮想例に意識の焦点を結んでおいて、それを目指すべきなんでしょう。

だから反省しても反省しても同じ事を繰り返すのかー・・・ と、思いました。反省のしかたを変えてみますわ。
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青少年ネット規制法案

きな臭くなってきました。内野も外野もかしましくなってきました。
きちんと追跡しているわけではありませんが、この青少年ネット規制法案とはつまり、どこかで書いてあった(GIGAZINE?)ように「禁酒法」なんでしょうか。
キチガイに刃物を渡すと恐いから刃物を無くしちゃえ、みたいなもの?
「いえいえ刃物が有用なのはわかってますよ、だから作ってもいいんです。でも売るのはねぇ・・・」なんて言われているような気がします。なんて過保護なんでしょう。

いえいえ子供が過保護なんじゃありません。大人が過保護なんです。
中身を見ると、有効な方法がわからないしとにかく恐いから一旦止めちゃいましょ?みたいなことですよね。それを難しい言い回しと長い文章の量であたかも頭を使ったように見せているだけ。
それは実は思考停止、努力放棄以外のものではありません。
そしてそれは、当の国会議員だけではなくて、子供に直接接する大人も同様。「いんたーねっと ってよくわからないから子供に対応を教えられない」というところで全て停止しています。
そこで理解する努力をしてくれよ・・・ orz (せめて努力だけでも)

今朝もNHKニュースで、青年のネットがらみの傷害or死傷事件の報道をしていました。あまりきちんと見ていませんが、そこでまた県や市の教委がしゃしゃり出て「どうしてそうなったのか取りあえず状況把握のために調査しまショー」的な、現場の労力激増&効果超薄弱な「とりあえず対応してみました」な指示を、現場の学校に伝えたとか。
そういう、現場が疲弊する泥縄ばかりしないですむように法律を整備するのが、あなた達の役割なんじゃないですか?>国会議員+文科省

本当にもっとアタマを絞って欲しい。 あなたの頭、絞るほど使ってないでしょ? ね?>議員殿

「させる」

もっぱら させる 立場にはない私ですが。

「してみせて 言って聞かせて させて見て ほめてやらねば 人は動かじ」
は、山本五十六大将の言葉。有名です。座右の銘にしている人も多いとか。

(Wikiによれば)この言葉は上杉鷹山 の「してみせて 言って聞かせて させてみる」に影響を受けている、とかです。ふむ。

で、この言葉「そこまでしないと人は動かない」・・・と捕らえると思いますが、実際のところそうじゃぁありません。
実際には、そこまでしても人はなかなか動かない・・・ と思いませんか、思わないですかそうですか。

それで。
そこまでしても動かないんだから、ちょっとやそっと自分の思うように物事が進まない(人が動いてくれない)からといって腹を立てるこたぁないじゃないか、と思ったわけですよ。
そんなのちいせぇちいせぇ、と言いたいわけなんです今日の私は。

・・・そう思うことは、実際、難しいのですけれどね。

うらないについて

やたらと怒り(いかり)まくるおばさんや、大黒様と総天然色月影先生(@ガラスの仮面)のペアなどなど、占いが流行っていますね。
最近の不安な社会情勢で暮らしていくには、占いでも拠り所としないと暮らしていけない、ということ・・・なのでしょうか。

でも、不安なら石器時代の方がずっと大きかったはずです。文字通り明日をも知れない日々を暮らさなければならなかったはず。
きっとその頃占いは産まれたはずです。自分を取り巻く大自然、そのチカラが暴力となって降りかかる前に予兆を知りたい。それは本当に切実だったはずです。その頃の占いは自分と自分の種族が生き延びるための、命運を掛けた手段でした。だいぶ時代が降りて春秋や戦国のころの中国でさえ占いは国の命運を掛けた事業であって、占い師の命はまさに己の出す結果にかかっていたと聞きます。

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現在の占いの専横はそういう必死さとは違うような気がしますね。
先が見えない不安ではなく、目先が見えてしまった不安を取り除くために占いに頼っているように見えます。

自然の法則、社会の仕組みは古代はもとより、前世紀・・・は近すぎるから・・・前々世紀と比べてすら格段に解き明かされてきています。
200年も前なら神の仕業で済んでいたところが、原因から今この時点を通って将来の結果まで、相当正確に把握できるようになってしまいました。
昔の人なら“悪霊の仕業だから”で済んでいたところが、自分で考えて対応しないと確実に悪い結果を導き出すことが明らかになっていることのなんと多いことか。

今の占いは、そういう「自分で考えないとならない」ことを運命決定論的に片づけて目を逸らし、「ワタシのせいじゃない」と責任逃避する道具になりはてているように思えてなりません。

あなた、今朝電車の中で鞄が押しつぶされたのを、仕事がうまく行かなかったのを、子供を叱りすぎたと自己嫌悪しているのを、「今日の星占い」の言うとおりだったと思っていませんか?「あかさたな占い」が悪かったからしかたがないと思っていませんか?etc.etc.

もし「アレがこうだったから」と思っているなら、あなたの運勢はたかが知れています。例え運命が“運命決定論的”だとしても、その決定路線に乗れるかどうかはあなたの行動姿勢にかかっているのです。それは、文字通り何もしなかったら行き着く先は・・・どうなっているか、を考えれば明かですよね?

ですから、占いを信じる信じないにかかわらず、あなたの身の回りで起こることはあなたが原因の一端を担っていることを忘れないでください。
良いことも悪いことも、かならずあなたがコントロール出来ることを忘れないでください。コントロール出来るのですから、起こっていることをまっすぐ見て目をそらさないでください。目の前で起こっていることを見ずに星を見るようになったら、起こっていることの結果を全て引き受けなければなりません。望むものも望まないものも、与えられるままに。せっかく良い結果を得るためのチャンスはあるというのに、そのチャンスも見逃すことになります。

良いことも悪いこともお星さまがポンとくれるものではありません。必ず、あなたの考えとその結果の行動が絡んでいます。占いを見る時にはそのことも考えてみてください。

死んだ気でやらなきゃ生きて帰れない

“覚悟を決めて、死んだ気でやらなきゃ、本当に生きて帰れなくなるからね。”
~三浦雄一郎・冒険スキーヤー~

「冒険のリーダーの条件は、とにかく明るいことさ。死にそうなピンチでも冗談言ってるくらいにね。機嫌が悪いやつのそばにいると、不愉快でしょ。山ではカラ元気も必要なんだよ。 」とも。

人生は冒険だ。

出典:
日経ベンチャー 経営者倶楽部
http://nvc.nikkeibp.co.jp/free/SERIES/20070306/107841/

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